2012.12.9

 『 インマヌエル 』(列王上19:8〜12、マタイ1:23)
 預言者エリヤは神の助けと奇跡的な働きによって、バアルの預言者たちと戦って勝利を収めます。しかし、素晴らしい勝利の興奮もつかの間、エリヤはアハブ王が彼を殺そうとするという知らせを聞いて、荒野に逃げます。そして、彼は一本のえにしだの木の下で座り込み、失望と挫折の叫びをあげます。“主よ、もう十分です。わたしの命を取ってください。わたしは先祖にまさる者ではありません。”(列王上19:4)疲れ果てている偉大な預言者の姿がそこにあります。
 エリヤの叫びを聞かれた神は、エリヤを神の山ホレブに導かれます。そして、モーセに現れたように、非常に激しい風と地震と火といった超自然的現象をもってエリヤに迫っておられます。しかし、不思議と聖書はそれらの劇的な自然現象の中に神はおられなかったと記しています。むしろ、それらの後に「静かにささやく声」として神がエリヤを訪ねられたと描いています。人は大体神様の力強さを求め、それを憧れます。しかし、神はあまりにも平凡な「静かにささやく声」をもってエリヤと交わってくださった。疲れ果て、倒れ、すべてをあきらめようとしているエリヤに本当に必要なだったことは、もう一度の驚くべき超自然的奇跡ではなく、静かにささやく声であったことを聖書は教えているのです。
 皆さんは日々の生活の中で、神のささやく声、静かな声を聞いていますか。2012年ももう終わりを迎えています。一年の歩みを終えながら、過ごされる神の家族の日々の歩みの中に、静かに迫ってきてくださる神に出会える奇跡がありますように。父なる神は今から2000年前に人と同じ体をもって、あなたと私の日常に入って来られました。その方の名前は「イエス」、あだ名は「インマヌエル」。この名は「神は我らと共におられる」という意味でした。天と地を造られた創造者なる神がベツレヘムの馬小屋の飼葉おけでお生まれになった。その後も人々の間で共に歩み、汗を流し、泣く者と共に泣き、喜ぶ者と共に喜ぶ日々を過ごされました。イエス様は決して人が近づけないような特別な場所を選ばず、私たちの生きている平凡な道、日々の食卓、ごく普通の日常の場所を歩まれたのです。それは今も同じです。インマヌエル!