2012.4.29

 ゴールデンウィークを用いて秋田の片山ご夫妻を訪問します。片山姉とは3年前の金沢教会との交換講壇で初めて出会い、その後は毎週の礼拝と火曜日の聖書の学びなど、新潟の上越から2時間30分かけて神を礼拝するために相当の時間と費用の代価を払いながらも、喜んで仕えてくださいました。昨年突然の転勤により秋田に行かれたご夫妻は、遠く離れていても時間がある度に礼拝に出席され、献げものを送ってくださっています。心から感謝します。主にある神の家族のよき交わりのひと時となるようにお祈りください。
 わたしは祈ります。小泉町教会の礼拝が訪ねてくる人に感動と恵みを与える時となりますように、と。礼拝の命は、救われた一人一人が自分自身を神に喜ばれる生けるいけにえとして献げることにあります。神から恵みと祝福をいただく目的で礼拝するわけではないのです。まず、霊と真をもって神を礼拝するだけです。祝福は神ご自身の領域だからです。礼拝の意味を間違ってはなりません。“あなたはいけにえですか。それとも、主人公?観客?”・・・礼拝への思いを新たにしていただきましょう。
“自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。
 これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です。”(ローマ12:1)