2015.1.11

 主の御名を感謝します。
 受洗して二十五年になります。最初のころは人生の失敗しない歩み方を教わりたくて無理矢理信者になったように思います。現在の仕事に就く時も神様におねだりして祈り、導かれました。無我夢中で仕事をし、結婚、子育て、家庭生活を送ってきました。一生懸命やってきたつもりですが、今考えると信仰生活は中途半端でした。神様はそんな私を許しいつも守ってくださっていました。
 今から十年前、神様に『そろそろ本当のクリスチャンになりなさい。』と言われ、毎週の聖日を守り始めました。魂は安らいだのですがそれから本当にいろいろなことが起こりました。私は真面目に教会に通い出したから、神様の愛を示すためにいろいろな出来事が起こったと思っていましたが、もしかしたらいろいろな出来事が起こるから神様が教会に呼び戻したのかもかもしれません。
 『耐えられない試練にあわせることはなさらず』(Ⅰコリント10:13)とあるのは本当です。
なぜ、どうしてと思うことが起こり、憤ることも悲しいことも年のせいか増えてきました。しかし、よく考えてみると、うれしいことも同じくらい、それ以上あるような気がします。「気がする。」と言っていたら神様に怒られますが、それくらい忙しい日々を送っています。どうか、ゆっくり恵みの水を味わう毎日を過ごせますように。
                 M.K姉