牧師室便り2011.4.17

 桜がいきなり(?)満開になりました。厳しい寒さが冬から春にかけて長く続きましたが、神が定めた自然の法則を破ることはできません。冬は春へ、曇りは光へ、夜は朝へ、そして、死は復活へと必ず変わっていくのです。
 小泉町教会の歴史の証人である一人の兄弟が、最近苦しみの言葉を吐いています。生まれながら弱さを背負いつつ信仰をもって主イエスの十字架の恵みにすがり続けてきた兄弟でした。いつも希望に満ち、人を励ましてきた兄弟でしたので、最近の弱音を吐く姿に寂しさと悲しみを覚える方もいるかもしれません。
 しかし、覚えてください。主イエスは十字架を背負う前、弟子たちに“ひどく恐れてもだえ始められ、「死ぬばかりに悲しい」”と弱音を吐かれました。今までわたしはゲッセマネの場面での主イエスのあまりにも人間的で、弱弱しい姿からどれほど大きな励ましと慰めをいただいたことか。だから、つぶやいてもいいのです。弱音を吐いても大丈夫です。主がご存知です。求められるのは、父なる神の御手にゆだねることです。十字架を通って復活の勝利を約束される神の御心に信頼することです。“御心に適うことが行われますように。”