2011.9.11

『種を蒔く人、刈り入れる人 』(ヨハネによる福音書4:27〜38)
 聖書の美しい場面の中で、井戸を背景に描かれている箇所が多いです。イサクの花嫁を捜しに行ったアブラハムの僕とリベカとの出会い、兄エサウから逃げたヤコブと後にお嫁になるラケルとの出会い、エジプトからミディアンの地に逃げたモーセが祭司ルウエルの娘たちに出会った場所がすべて井戸でありました。聖書に登場する井戸は出会いの場所、愛を育む場所でありました。
 今日の聖書本文にも、イエス様とサマリアの女との井戸での出会いが紹介されています。人々の厳しい視線を避けて誰も歩かない熱い真昼の時間を利用して井戸に来たサマリアの女。イエス様は彼女の心の深いところにある孤独と人生における傷と痛みを見ておられました。イエス様は今、目の前にいる傷ついた一人の女性に心を注ぎます。人から、社会からいじめられ、傷ついている一人の魂を癒すために、最善を尽くして関わっておられます。この井戸でのイエス様との出会いによってサマリアの女はまったく新しい人生を始めることになるのです。
 その後に続く言葉でイエス様は、“わたしの食べ物とは、わたしをお遣わしになった方の御心を行い、その業を成し遂げることである。”(34節)と、イエス様の日々の糧こそ、ご自身を遣わされた方の御心を行うことであると宣言されます。遣わされた方、父なる神の御心を一言で言えば、“世の人々に豊かな命を与えること”ではないかと思います。イエス様は今日のサマリアの女はじめ、毎日出会う人を助け、病の人を癒し、悪魔に取りつかれた人に自由を与え、寂しさの中にいる人の友となり、人生の道をさ迷う人々には進むべき道を教えてくださいました。 
 イエス様はこの豊かな命を与える働きのために、“種まく人と収穫する人”を集めておられます。今こそ、刈り入れの時、収穫の時!すなわち、今日のわたしたちの人生の場所が神の働きの場所であるという自覚をもって大切に生きたいものです。ハレルヤ!