2015.2.1

 〜悪しき力との戦い〜
 どうしても理解に苦しむ事件や事故が世界を覆っています。IS(イスラム国)による国や地域を超えた無差別的テロや殺人が宗教戦争という名を超えて、ゲーム化している世界となりつつあります。先日にはサッカー観戦をしていた少年13人を全員射殺したり、中東の人々の平和と弱い人々の側に立って働き続けた後藤さんのような人々を平気で殺すという、どう考えても世界を争いと混乱に巻き込んで滅びに至らせようとする悪魔的な狙いを感じます。しかし、このような悪魔的仕業は中東だけに限らないことに危機感を覚えているのです。日本においては、先日「子どもの時から人を殺して見たかった。」という妄想の一人の女子大学生が犯した殺人事件がそうです。また、子どもにやけどを負わせて虐待してきた母親のこともそうです。
 これらの出来事の根底にはこの世に対する恨みや憎しみがあり、お金や権力、快楽への欲望によって絶えず刺激されてきた結果なのかもしれません。神から人間にだけ与えられている人格、良心、愛、平和と言った絶対的価値が悪しきサタンの仕業に麻痺させられてしまい、他人や他民族、他国の尊さが見えなくなっている世界、この時代だからこそ、悪しき力に対抗しなければならないのです。その方法は復讐や戦争、裁きではありません。むしろ全く反対とされる赦しと平和と愛を生きることです。裁きは神にゆだねて私たちは聖霊に助けられながら十字架を背負いサタンに立ち向かうことです。“あなたがたは、この世と妥協してはならない。むしろ、心を新たにすることによって、造りかえられ、何が神の御旨であるか、何が善であって、神に喜ばれ、かつ全きことであるかを、わきまえ知るべきである。”(ローマ12:2)