2016.1.31

『私を強くしてくださる方によって』(フィリピ4:13)
 私は年頭に当たって3つのことを主に祈りました。
1、感動する心を与えてください。 主のみわざにいつも敏感であり、主の恵みと導きに感動する日々を
 送らせてください。
2、自分に自信と誇りを持って、謙虚に歩めますように。人まねでない行き方、人の評価を気にしない生き方、 あるがままの 自分を喜ぶ日々を与えてください。
3、教会に仕えること、隣人に仕えることを通して神様に仕える「良い牧師にしてください」と。
 私の祈りは、神様がしてくださることに期待し、信頼するものです。そんな祈りでどうする?もっと頑張ってやれ!と叱咤激励を受けそうです。でも、私はいつも神様にお願いして、支えて頂いてきました。
 昨年のスポーツ界は、華々しい結果がたくさんニュースになりました。それぞれに、努力し、頑張り、過酷な練習に耐え、それを自信にして成果をあげました。努力を継続し、そこから得た結果に、人々は賞賛を送りました。私の場合と全く反対です。私は努力や頑張りを否定するものではありません。しかし、頑張る力の源が何かは大変重要です。そして、私の頑張りは、主が私と共に歩んでいてくださるという事実から与えられる力なのです。
 使徒パウロは伝道に賭けた生涯を送りました。七転び八起きの人生を歩み、果敢にチャレンジしました。彼の人生は冒険の人生と言っても過言ではありません。生死をかけた人生でした。
 彼のその力、勇気、努力はどこから出てきたのでしょうか?健康にはあまり恵まれていなかったと思われます。医者ルカの同行からも想像できます。また、肉体の棘を3度も取り除いてほしいと祈った姿からも想像できます。弱さを抱えたパウロだったのです。
 しかし、パウロは主に委ねることによって、すなわち主としっかり結び合わされることによって、主の御元から溢れ出る恵みの力によって頑張ることができたのです。
 今日のみことばは、「わたしを強くしてくださる方によって」と、その秘密を明らかにしています。パウロを強くした主は、私たちも同じように強くすることができるのです。主にあって、私たちも大いに冒険をしましょう。冒険によって、私たちは先立つ神を見ることができるのです。可能性に満ちた人生は冒険によって私のものになるのです。  
                                                                田口 昭典牧師