2016.6.12

 もう25年も前の話。(数えてびっくり!)
 主人の仕事の都合で、米国ミシガン州に2年ばかり住んでいたときの、サンクスギビングという日本のお正月に似ている祝日に経験した出来事です。
 当時、クリスマスやサンクスギビングといった重要(?)な祝日には、ショッピングセンターやレストラン、マクドナルドにいたるまで、店を閉めていました。 外国人である我が家族は休日ルンルンで、アナーバーという学生街に出かけていました。 学生たちはそれぞれの実家に帰っていたのか、街はひっそりとし、お昼になっても、美味しいにおいで誘ってくるお店もなく、「えっ?私たち、何か食べたい!」と焦って、お店を探したところ、少し高級そうでしたが、一店だけ開いている(ように見えた)レストランを見つけました。「ええい、日本人だけど入れてくれるだろう」と、思い切って店内に… 何かが違う。何が?????メニューがない。
 座ると、自動的に決まった料理(日本のおせちのようにサンクスギビングの献立)が運ばれてきて。不思議な空気を感じながらデザートまでいただき、支払いをしようと請求書を求めると、英語(当たり前?)で何やらよくわからない説明。すこし理解のできたのか、主人が店内を見渡し…気づいてしまいました。「これは、ホームレスの人たちのために開かれているお店だ!!!」
 その瞬間、気まずいような、恥ずかしいような、消えてしまいたいような、(そんな気持ち、わかってください)でも、どうすることもできず、できること……少し多めのチップをテーブルに置き、ごめんなさいの気持ちを込めて頭を下げて、店を出て、一目散に帰宅しました。店員さん(?)は、いいのよ、いいのよ、というジェスチャーで「エンジョイ!ミシガン!」と、見送ってくれましたが、これがまた、私たちを恥ずかしい思いにさせたりして。それからは、「向う(アメリカ)にはこんな文化があるのよね…」と自分を正当化し、忘れてしまいたい思い出の1ページとして頭の引出しにしまいこんでいました。
 数年前の執事会で、S姉から、ホームレスの方々を支援したいとの意見が出され、そんなことは、日本のしかも富山では実現難な課題だと思っていましたが、神様にその思いをゆだね、今、「小さな泉の村」を立ち上げるにいたったS姉の信仰は本当にまぶしいです。私も、あの時の“借り”を何かの形で償えますよう、S姉の、そして小泉町教会の活動にできることから応援させていただきたいと思っています。
               K.I姉