2016.6.19

『 祝福を祈る 』(Ⅱコリントの信徒への手紙13:13)
 キリスト者は、祝福を伝える存在です。イエス・キリストが、わたしたちキリスト者を世界に遣わされた目的はただ一つ、世界の人々を、神の愛で祝福することにあります。聖書は、天地創造の場面から、世の終わりを告げるヨハネの黙示録の場面に至るまで、繰り返し、キリスト者が祝福を携えていく者であることを記しています。とりわけ、本日のⅡコリントの信徒への手紙13:13は、聖書の中に記されている数えきれない神の祝福の中でも、最も優れた祝福を紹介してくれます。
“主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた一同と共にあるように・・・。” この祝福の言葉は、今現在多くの教会で、礼拝における祝祷として用いられている箇所です。わたしもこの祝福に基づいて祝祷をしています。それでは、なぜこの祝福の言葉が、礼拝における祝祷として用いられるようになったのでしょうか。それは、この「祝福の祈り」の中には、キリスト教信仰の核心とされる「三位一体の神」による祝福が、しっかりとした言葉となってわたしたちに語られているからです。三位一体の神による祝福は神学や教理の領域でなく、毎日わたしたちに注がれる最も素晴らしい祝福であるのです。
 まず、「主イエス・キリストの恵み」です。本来わたしたち人間は、罪のゆえに、滅びていくしかない存在でした。しかし、神は独り子イエス・キリストをわたしたちの罪の身代わりにとして十字架にかけられ、命を捨ててまで愛され、贖われました。このイエス・キリストの恵みによって、わたしたちはすべての罪から赦され、死の呪いから救われ、神の子とされ、救いの道を歩めるようになったわけです。そしてこのキリストの恵みは、時間と空間を超えてこの世のすべての人に注がれていることを覚えましょう。この世のどんな人も、このキリストの恵みから外されてしまう人は一人もいません。
 次に、「神の愛」です。罪を犯したあなたとわたしを罪と滅びから救うために、父なる神ご自身が人となられた、それが独り子イエス・キリストです。そして父なる神は、その独り子を十字架の上で死なせるほど、わたしたちへの無条件で完全な愛を示されたのです。これこそ神の愛、アガペーの愛です。
 最後に、「聖霊の交わり」です。「交わり」と言う言葉は、ギリシャ語の「コイノニア」と言う言葉で「親密で深い交わり」という意味として使われる言葉です。すなわち、聖霊との交わりを通してわたしたちは父なる神の愛と独り子イエス・キリストの恵みを知ることができますし、約束された祝福を聖霊を通して実際に生きる力を得ることになるのです。
これらの三位一体の神の祝福を生きる存在がキリスト者です。神はその祝福を暗闇の中にいる人々に携えていくことを望んでおられます。祝福にあずかり、祝福を祈る人を通して神の国は広がっていくことでしょう。ハレルヤ!