2016.10.16

〜小さい者〜
 主の御名を賛美いたします。私の仕事は年がら年中忙しく、特に今月はさまざまな行事で特に忙しくなります。よく言われることですが、『忙』は『心がなくなる』という意味だそうです。今月は、私も子どもたちも、仕事仲間同士も子ども同士も寛容な心が特になくなる時期にだと思います。そんな時にはよくもめ事がおきて、余計に心がギスギスします。昨年の私のクラスは運動会の競技の部で最下位の成績、合唱コン クールでは逆に最優秀賞を受賞し、「神様のなさることは・・・」と思わせられたものでした。今年もただいま現在合唱コンクールに向けて練習の指導の真っ最中です。自分の4分の1ほどの年齢の子どもたちと過ごすことは、微笑ましいこと、ビックリすること、腹が立つことなどが次から次へと起こります。若いときは、自分の都合に合わせて子どもたちを動かしてきたように思いますが、年をとるとなかなか若い子どもたちにはつきあいきれません。そんなときはかなりの疲れを覚えるようになりました。
 しかし、年をとればとるほど子どもたちやその背後の家庭も見えてくるようになりました。いろいろなことに追われ、何かに苛まれている、可哀想な人たち。私と同じかもしれません。神様の心で子どもたちを見れば優しくなれますが、仕事上の立場で見ると厳しい言葉で、責め立てるような目で見ています。神様に救われてよかったです。週に一度教会に招かれて(来させられて)感謝です。神様しか人の心を救えるお方はいないのです。そんな方に、救われてよかったです。負ではなく正(+)のスパイラルです。
 先週のSさんの話のタイトルは『小さき者』でした。よく考えれば、私も『小さき者』たちに囲まれて過ごしているのです。こちらが心を傾ければ、むこうも心をかたむけてくれます。疲れますが神様の助けと皆様のお祈りで感謝して仕事ができています。それを心から感謝します。
              M.K姉