2017.7.23

『 ゆだねる 』 (Ⅰペトロ5:6〜7、詩編55:23)
“思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。神が、あなたがたのことを心にかけていてくださるからです。(Ⅰペトロ5:7)” クリスチャンが好んで用いる言葉の一つが、「ゆだねる」です。しかし、実際にゆだねることが、いかに難しくて大変なことかを私たちは経験を通してよく知っています。
 「神に委ねる」ということについて人と話しをする時、よく返ってくる言葉があります。「先生、神にゆだねるって言いますけど、それは結局『神に甘えて依存する』ということじゃありませんか。今の時代に必要なのは『神に依存する』ということよりも、『神の前に自立する』ということではありませんか。」と。確かにその通り、神の前に「自立する」ということはとても大切なことです。聖書も霊的、肉体的、経済的に成長し自立することの重要性を教えています。
 「ゆだねる」という言葉は、「遠くに投げる、投げ与える、渡す、見離す、あずける」という、かなり積極的な意味を持つ言葉です。これはイエス様がエルサレム入城の時、人々が自分の服を子ろばの上にかけた時に使われた言葉でもあります。すなわち、ペトロはクリスチャンに向けて、思い煩いや不安があれば、あなたがたのすべてに心かけてくださるイエス様に投げることで、思い煩いから解放されることを勧めているのです。
 クリスチャン生活は、自分には解決できない罪人の現実を認めつつ、その問題をイエス・キリストの十字架にゆだねることから始まることを覚えましょう。父なる神は、イエス様の十字架を通してあなたの罪と弱さ、あらゆる問題を解決してくださいました。そしてその神の約束を私たちのものとするために一つだけ条件があるのです。それは、私には出来ないことを神がイエス様を通して成し遂げてくださったと認め、神にゆだねることを決断することなのです。
 実のところ、イエス様が先にご自分の一切を父なる神にゆだねられたことを覚えましょう。「ののしられてもののしり返さず、苦しめられても人を脅さず、正しくお裁きになる方にお任せになりました。」(Ⅰペトロ2:3)とあり、また、十字架上で、「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます。」(ルカ23:46)と最後の最後まで「ゆだねる」信仰の大切さを御自ら示してくださったのです。
 神にゆだねることです。あなたの心配を、あなたの重荷を、あなたの痛みを・・・、神はあなたのすべてをご存知で、あなたの弱さをご存じで、あなたのすべてを美しくしてくださるお方です。ハレルヤ!